夢の話まで光長は頬を染めながら全てを語った。雅秀は口元を上げながら
「それは過去に起きた事実だ。お前の潜在意識が徐々に思い出しているんだろう」などと笑う。
はたしてそれは良い思い出なのだろうか?次第に光長の不安は濃くなっていく。
布団に横になって雅秀が腕枕をしている。そのおかげで雅秀の顔がすぐ側にあることが、今更照れくさくて下を向く。
すっかり夜も更けて、季節外れの古い木造の旅館には他に泊まり客も少ないせいかすっかり静寂につつまれていた。雅秀が動くシーツが擦れる音さえ響き渡る。
窓の外からは川が流れる音が聞こえてきて、それはとても心地よく響いていた。
雅秀は片手で不自由そうに煙草を取り出すと口に咥える。ジッポーのカチャリというふたの音がしてすぐにオイルの独特の匂いがして煙が燻る。
光長は黙ったまま布団を見つめていた。
雅秀がまるで昔話でも語るように話し始めた。
「お前、八百比丘尼(やおびくに)って聞いたことがあるか?」
唐突に問いかけられてかぶりを振ると「そうか」と続ける。
「じゃあ人魚の肉とか血を口に入れた者は不老不死になるという伝説は知っているか?」
「ああそれなら何かの本で読んだことはある。どうせ誰かが考えたおとぎ話だろ」
光長は少し微笑んだ。枕元に置かれた行灯が光長のきれいな笑顔を映し出すと雅秀は腕枕にしていた腕で光長の頭を抱え込むと、その額に唇を押しあてた。そして雅秀も僅かに微笑んだ。
「戦乱の時代に俺たちのような浪人が生き残れる確率は低かった。そしてようやくお前を手に入れた俺は少しでも一緒にいられる時間が欲しかった」
雅秀はそこまで言って煙草を吸った。
光長は黙って吐き出された煙の行方を見つめている。雅秀は煙草を灰皿にもみ消してもう一度光長の頭に口づけた。フワリとした唇が今度は少しだけ移動していく。
「これを飲めば不老不死になれるかもしれない。その日はなぜか気分が良くてとある酒場で知らない男に酒をご馳走した。そうしたらその男はそう言って小さな陶器の容器を差し出した。俺はそれを受け取ってお前が待つ道場の部屋に帰った。」
雅秀の話は光長がときどき見た夢と重なる気がする。
道場、戦乱の時代など背景がよく似ている。だからといって雅秀が言う前世の話など信じられない。大きな瞳で雅秀を見つめていると雅秀はその頬に片手を添えた。
目の前に雅秀の顔だけが広がる。こうしてじっくり見たことはなかったが、思っていたよりも優しい瞳をしている。そして何よりも男らしいシャープな顔立ち。見つめているだけで体中に熱が灯ってきそうで光長は目を逸らした。
すると頬に触れていた雅秀の指先が体を這って胸の尖った部分を摘み上げた。
「あっ・・・やめっ・・」
「ずっと触れられたくてこんなに固く張りつめていたくせに・・・お前ちゃんと話聞いてるのか?」意地の悪い言葉が耳元で囁かれる。だが摘まれた胸の尖りから広がる甘い痺れに感じやすくなっている光長は虚ろな瞳を雅秀に向けた。
「してください・・・って顔しやがって。だからお前は他の奴に簡単に・・・」
それ以上は言われたくなくて光長は雅秀の口を手で塞いだ。雅秀は腕枕していた腕を動かすと光長の手を退かす。そのかわりに唇を自らの唇で塞いだ。
また話は途中のまま体中が雅秀に浸食されていった。
<「弦月」温泉宿にて7へ続く>
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