アサドは主に勉強を教えるだけとなっていた。
「ねぇ、歌って」
マラークはいつだってそう言うとカミールに歌を強請った。
カミールはマラークの言うことをきいていつも歌う。
その歌声はこの城の中で響き渡る。
マラークの部屋から離れていたアサドの耳にもそれは聞こえてきた。
アサドは屋上で本を読んでいた。
カミールの歌声が聞こえてくると読んでいた本を閉じた。
こうして聞いているとマラークが気に入るのもよくわかる。
この歌声は聞いた者の魂さえも抜き取ってしまうような、甘美で危険な響きがある。
アサドも最初は言葉を失ったほどだった。
マラークが入れ込むのもわかる。
しかし、やはりどこか危険な香りがしてならない。
アサドは屋上からマラークがいる部屋を目指して歩き出した。
城のあちこちでカミールの歌に聴き惚れている従者達の姿が見られた。
ようやくマラークの部屋の扉の前に立ったアサドが扉を開いた。
「・・・・」
マラークがベッドに横になり、その傍らでカミールが歌う。
まるで恋人同士のような仕草にアサドは言葉を失った。
やがてカミールの歌が終わるとカミールがアサドを振り向いた。
「おや、どうしたの?」
歌っている時とはまるで別人のようなカミールにどれほどの人達がガッカリしたことだろう。
それでもマラークはカミールのことを気に入っていた。
「アサド!カミールの歌聞いた?」
「はい、良く聞こえました。そんなことより何をなさっていらしたのですか?」
アサドの言葉にマラークは慌ててベッドから体を起こした。
「別に何も、マラークは僕の歌に酔ってたんだよ」
もっともらしい言い訳にアサドは軽くため息をついた。
「だからって、むやみに」
「アサドはさぁ、考えすぎなんじゃない?」
きょとんと意味がわからないという顔をしているマラークの側から離れるため、アサドはカミールの腕を掴んで部屋を出た。
「一体、どういうつもりだ!いい加減にしないと追い出すぞ」
「うそつき・・・本当はアサドはマラークのことが好きなんでしょう」
「もちろん好きです」
眉間に皺を寄せるアサドにカミールは顔を寄せた。
「そう言う意味じゃなくて、あなたマラーク様を思い出してしてるでしょ」
ニヤリと笑いながらカミールが耳元に囁いた。
まさか知られていた?
アサドが赤い顔でカミールを見た。
「いいよ、僕がマラークの代わりになっても・・・どうせそんな仕事もしてたんだ」
カミールの片手がアサドの胸に触れながらその上を撫でた。
だからカミールの歌は危険な香りがするのかとアサドは気がついた。
「そうじゃないと僕、マラーク様に手を出しちゃうかもね」
その言葉にアサドはカミールの手を掴むと自分の部屋へと連れて行った。
どうせ好きでもない相手を抱くことなんか今まで何度もしてきたんだ。
アサドはカミールの手をベッドの上で離した。
「じゃあお前から誘ってみろ」
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