ナジムがようやく落ち着いた頃、アサドは立ち上がると窓のカーテンを開けた。
「血が怖いのですね」
窓辺に立って振り返った。
ナジムはベッドの中で体を起こそうとして背中から鈍い痛みに顔をしかめた。
「つ・・・」
「別にあなたの過去に興味があるわけではありませんが」
アサドは窓からベッドに向かって近づいてくる。
あまりに怯えるナジムに対して過去を語れと言うのだろう。
「マラーク様の身代わりになってるとき、この間みたいな発作を起こされては困ります。せめてそれを回避するために私には知る権利がありますね」
当然のように言われるとナジムも少し反抗したくなった。
キッと唇を固く結ぶとベッドで横になって、アサドに背中を向けた。
その後ろでベッドが少し沈んだ。
ナジムの顔に影ができる。
いきなり唇を塞がれた。
ナジムは目を見開くと、その頬をアサドの手が包み込んだ。
悔しいけどこの体温にナジムはホッとする。
昨日の晩みたいに薬で辱められたりするのは辛いけど、こんな風にただ体温を与えてもらえる行為は嫌いじゃない。
アサドの手の上にナジムの手が重なると、その腕はアサドにとらえられた。
「ほう、その身を差し出して自らを守るとでも?甘いですね。私にはそんな手は通用しません。それともまた昨日の薬が欲しいとでもおっしゃるなら与えますよ」
アサドの言葉に体がビクンと反応する。
体がまだあの熱を覚えている。
薬のせいとはいえ、痴態を余すことなく見られていた。
ナジムの頬が赤く染まると、アサドはナジムの手を離してベッドから離れた。
隣に置かれた椅子に座った。
「ふざけるのはこのくらいにして、さて、話していただきましょう。もう記憶は戻っているのでしょう」
急に離れていく体温に寂しさすら覚えた。
それでもナジムはアサドに背を向けたまま横たわっていた。
「どこから話せばいいか・・・」
「どこからでも、時間はまだありますので」
アサドの声がいつもよりも穏やかに感じられるのは顔を見ていないからだろうか・・・
「それじゃあ最初から。僕は英国で育ったんだ。優しい父と母と妹がいた」
「いた?」
過去形で語られた家族にアサドが繰り返す。
「もういません。とても不本意ですが」
ナジムは最後の言葉に力を込めた。
あの朝、母に頼まれたこと、店の近くで知らない貴族に声をかけられたこと・・・そして
「その日一体何が起きたんですか?」
アサドの言葉にナジムの体がブルブルと震え出した。
顔も次第に青白くなっていく。
体中から体温がなくなっていくような感覚にとらわれて、両腕で自分の体を抱きしめる。
そこにアサドの両腕が伸びてきた。
優しく肩に乗せられた手に少しだけ体温が蘇った。
読了、お疲れ様でした。
web拍手をありがとうございました。