高そうな店が多く、道行く人もどこか大人びて見えるこの街に羽根はあまり来たことがない。待ち合わせ場所の地図を先輩から手渡されて「行ってこい」と言われたが、
待ち合わせ場所の4丁目交差点のデパートの前にはすごい大勢の人がいた。
「こんな中から1回しか会ったことがない人と待ち合わせなんて会えるのか?」
辺りを見回して思わずそんなことを呟いいた。
「あのう、富田さんですか?」
「いいえ・・・」
見知らぬ男性に声をかけられたがどうやら人違いのようだ。こんな風に勇気を出して声をかけなければ相手に会えないのかもしれない。
だが、彼は間違ったことに笑顔で謝った。
「ごめんなさい・・・あの・・・」
何かを言いかけたときに羽根は誰かに肩を掴まれた。
「お待たせして悪かったね。待ったかい?」
振り向いた羽根の瞳に優しげな笑顔を浮かべた青年が映る。
そういえばあの時もそうだったが、ほのかに良い香りが漂っている。
その香りに羽根は心の中で『この人が桧山さんだ』と確信する。
姿形は覚えていなくても嗅覚が彼を覚えていたなんて動物的でどこかおかしい。
羽根はクスッと笑ってしまった。
「ん?何かおかしかったかな?」
「あ、いえすみません」と慌てて羽根は首を横に振った。
そのやりとりを聞いていた最初に声をかけてきた男性は足早に去っていく。
羽根はその男性をチラッと振り返ると
「君はこんな場所にいてもちょっと目立つみたいだね」
と桧山もチラッと男を見た。
俺って目立つのか?そんなこと始めて言われたなぁ・・・等と彼の顔を眺めていた。
それに気づいた彼は「ん?」と羽根の顔を覗き込む。羽根はハッとして
「あのう、俺じゃなくて私は美津濃羽根と申します。桧山さんこの度はわざわざありがとうございます」とペコリと頭を下げた。
「いや、普段通りでいいよ。こっちはお詫びのつもりだし・・羽根君か変わっているけど素敵な名だね」
人混みの中を抜けて羽根を導きながら桧山は歩き出す。羽根も見失わないように必死に付いていこうとするとその手首をしっかりと掴まれた。
「あ、」
思わず声を出した羽根に桧山は
「急で驚いたかな?でもこうしないとはぐれてしまいそうだったから。君は羽根だしね」
冗談のつもりなら中途半端すぎて笑えないと思った。
だがそれを言う相手によってはそれも許されるのだと羽根は気づいた。
自分もこんな風だったら彼女も突然別れを切り出したりしなかっただろうに・・・
ふと暗い顔になる。
「えっ?!」急に狭い路地に入り込み掴まれていた手首がグイッと引っ張られて転がりそうになったところで桧山の胸に支えられた。
フワリとコロンの良い香りが漂う。
桧山の空いている方の手が羽根の背中を抱きしめて、羽根はその顔を見上げると間近に形の良い瞳が覗き込んでいた。
「あの桧山さん・・」
この状況が理解できずに羽根が戸惑うと彼はクスッと笑った。
「だって君、泣きそうな顔してたから泣かれたら困ると思って。大丈夫?」
これ俺をかばってくれたの?それにしても何か不自然じゃ・・・羽根は桧山の体をそっと押しながら
「ごめんなさい。大丈夫です」
と俯いた。その顎を桧山が捕らえて上向かされた。
こうしてみると彼の方が羽根よりも10センチくらい背が高い。
目の前が暗くなったと思った瞬間、唇に何かが触れる。
それが桧山の唇だと気づいたのは彼の舌が羽根の唇を開かせて口の中に入り込んできたからだった。
羽根は大きく瞳を見開くと目の前に整髪料で固められた髪が動いている。
口の中では桧山の舌が生き物のように羽根の口腔内を動き回っていた。
体から力が抜けて桧山の支えている両腕に頼って立っているのがやっとだった。
甘くとろけるようなキスに羽根は瞳を閉じていく。
すると頭の中に余計に桧山の舌使いが染みわたって羽根の全身が痺れ出すようだった。
彼女とのキスでもこんな風に感じたことなどなかったのに・・・
羽根はいつの間にかその口づけに酔っていた。
<「恋占い」レストランバーにて1へ続く>
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web拍手をありがとうございました。
連休に入るので少し長めにアップしました(^o^)
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