今日は電車で行くべきかと考えているといきなり携帯電話の着信が鳴った。
「はい、風間です」
「ああ、朝から悪いね。星埜です」
その声はあの日、光長に優しくしてくれた月余のものだった。
光長は少し恥ずかしいところを見られてなかなかお礼の連絡を入れずらいと思っていた。
「ああ、月余さん。先日は色々とお世話になりました」
「いや、そのことなんだけど。君あれから電車に乗るの嫌なんじゃないかと思ってね。実は昨日も電話しようと思ったんだけど生憎出張でこっちにいなかったんでね。でも今日からは当分こっちだから一緒に私の車に乗らないか?」
そういえば彼は取締役室にいた。運転手付きの車で通勤しているのだろうか?
それはありがたい申し出だが、あまりにも図々しい気がする。
「いえ、そこまでお世話になるわけには・・・」
光長は丁寧にそう言うと月余は少し小声になった。
「世話というか・・・実は助けて欲しいというか・・・とりあえず君が迷惑でなければぜひ乗ってくれ」
これは頼まれているとしか思えない。
「はい、ご迷惑ではないなら僕はすごくありがたいことですからぜひ」
光長は良くわららないがそう答えると、月余はあと15分後にこちらに迎えに来てくれると言って電話が切れた。
どうやって通勤しようかと考えていた光長にとってはありがたい申し出だったが、あの相手は会社に行けば顔を合わせる。というか、ずっと一緒にいるのだ。
そうなると仕事に行くこと自体が憂鬱になってくる。
幸い自分でやりたかった仕事だから仕事に没頭している間はとても楽しいのだが・・・
はたしてこのことは月余に言っても良いことなのだろうか?
光長は昨晩見た夢のことなどすっかり忘れて支度を始めた。
マンションの部屋を出てエントランスの前で月余の車を待った。
場所が上手く伝わっているか少し不安だったがここで待っていればそれらしい車を止められると思った。
するとぴったり15分後に目の前に黒塗りの高級車が止まった。
後部座席の窓が開いて月余が顔を出した。
「おはよう。隣にどうぞ」
そう言われて光長は隣のドアに手をかけようと思ったら、運転席から昨日お茶を運んできた本田萩之介という社員が降りてきて、光長よりも先に車のドアを開けてくれた。
月余は下手の良さそうな折り目のついたスーツを身に纏いゆったりとしたシートに足を組んでいた。
「彼は知っているよね。萩之介、彼が風間光長君だよ」
月余が少し困ったような視線を光長に向けると萩之介はぶっきらぼうに光長に挨拶をした。
「おはようございます本田です。」
「風間光長です。月余さんには色々とお世話になりました。本日もわざわざありがとうございます」
光長がそう言って握手をしようと手を出したがそれをスルーして運転席に戻っていった。
どことなく怒っている感じがする。
そういえば月余の恋人だと言っていた。これはもしや誤解されているのかもしれない・・・だとしたら誤解を解いて欲しくて月余は光長を車に乗せたのだとようやく気づいた。
そう思って座っている月余を見ると月余も苦笑しながら頷いていた。
<「弦月」車中にて2へ続く>
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