光長は信じられないという顔で雅秀を見つめていたがすぐにその顔を背けた。
「今帰るわけには」
「いかないか・・・そう言われると思っていた」
じゃあなぜ?と言いかけてもう一度雅秀の顔を見ると何も言えなかった。
男らしい端正な顔立ち。その頬を濡らす一筋の滴が月の光に輝きを増している。
はじめて見た雅秀の涙は信じられないほど光長を黙らせるのに効果があった。
光長はようやく解かれたロープの跡が赤く残る白くむき出しの腕を伸ばして雅秀の頬に触れた。
雅秀は光長の手を掴んで唇に押しあてた。
指の先から伝わってくる雅秀の熱がジンと光長の体を温めた。
「もういい、お前にはこんな苦しみを味わって欲しくはない」
不老不死は誰もが手に入れたいと願うもの。だが、本当にたったひとりでそれを手に入れてしまったら、何百年という孤独だけがその身をおそってくる。
「既に覚悟はしたんだ」
光長は孤独だった雅秀の反対側の頬にもう片方の手を添えた。
キラキラと月の光に輝く瞳を覗き込んだ。
雅秀はその瞳で光長のきれいに澄んだ瞳をじっと見つめている。
眩しそうに瞼を少し下ろすとチュッと口づけた。
「二人の方が・・・」言いかける光長の唇を塞ぎ、それは深くディープなキスへと変わっていく。何度も角度を変えながら光長の口の奥まで舌で貪っていく。
何度も欲望を吐き出したばかりで怠いはずの光長の体にほのかな熱が灯る。
「ん・・うっ・・・くっ」
どちらからともなく声を洩らしながら起き上がった畳の上にもう一度体を倒した。
僕が死ぬまでの期限付きということなのだろうか?
普通に生きて行ければまだ数十年の時間は残されているはずだが、生身の人間だからどんな事故や病気になってその寿命は計り知れない。
雅秀はそれでもいいのだろうか?そして光長だけが老いていく。
それは光長の方が耐え難い。せっかく覚悟を決めてここに来たのにどうして雅秀はこうも邪魔をするのだろう?
そんなことを考えているうちに夜は更けて、雅秀は飽きることなく光長をこの東屋で明け方まで求めた。光長は途中から思考は停止するほど雅秀に啼かされて、そのまま意識を無くした。
夜が明けたことを知らされたのは東屋に花梨が体を清めようとやってきてからだった。
またしても醜態を晒したところを見られて、こればかりは慣れることはなかった。
雅秀を捜して辺りを見回しているとそれに気づいた花梨が
「社長と深刻なお話をされていましたよ」と教えてくれた。
すっかりきれいに拭かれた体に花梨の持ってきた男物の着物に袖を通す。
「こっちの方がいいでしょう」洋服よりも体に密着しないので花梨も気を利かせてくれたらしい。確かに拭いただけの体に密着した服は着たくなかった。
着物を着終えて立ち上がると桜の花が昨日よりも増えていることに微笑んだ。
「もうすぐ満開になるな」
「ええ、もうすぐですね」
花梨も少しだけ笑顔でピンク色に色づいた桜の枝を見上げていた。
<「弦月」次へ続く>
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