店の持ち主の芳生は冷ややかな視線を2人に浴びせていた。
「この店では色子同士の色事は禁止とされているのは知ってるはずですよね」
細められた瞳から容赦なく冷酷な視線が送られていた。
(そんなこと言っても自分だって花梨のこと好きなようにしているくせに・・・)
前に花梨と牛鍋を食べた時のことを思い出して桔梗はそう思った。
だが立場が違うことも充分に知っていたのでそれは口には出さなかった。
「私が誘いました。桔梗は何も悪くありません。どうか罰は私だけにしてください」
突然押さえつけられていた楓が桔梗を押しのけて前に出ていた。
両手を広げると芳生にすがるようにして桔梗をかばった。
桔梗は驚いて口を開こうとした瞬間
パンッ!
勢いよく楓に頬を打たれていた。
この子は私がちゃんと叱っておきますからどうかお許しください。
「そうか、それなら今から楓は私の部屋に来なさい」
芳生は静かにそう告げると部屋を出て行った。
楓もそれを追うように部屋を出るとぴたりと襖を閉じていった。
部屋に残された桔梗は呆然と楓の部屋で反省をしていた。
が、その晩いくら待っても楓は部屋には帰ってこなかった。
「あなたはこの店で一番の稼ぎ頭です」
芳生の部屋は色子達が生活する部屋に比べると質素で余計ものはない。
経営者なのだからもっと調度品などに凝っても良さそうだが芳生自信があまり物を増やすのは好きではないらしい。
そんな好みは店にも良く現れている。
色子が客を取る店だというのに他の遊郭に比べると一見地味な作りになっているのがこの店の特徴だった。
その代わり色子達の衣装はとても豪華でよく映える。
そんな部屋で向かい合う芳生と楓の間には殆ど何も置かれていなかった。
「でも、ここが痛むんです」
俯いた楓は自分の胸を押さえた。
「ほう」
芳生の表情からは何一つ読み取ることができない。
言葉も丁寧でまるで感情が感じられない。
こんな時のこの男は本当に怖かった。
「困りましたね。だからって桔梗とあんなことを」
そう言う芳生の指先が楓の顎を掴む。
真っ直ぐに瀬戸物でできたような端正で冷たい顔で覗き込まれて楓は背中にうっすらと汗が浮かぶ。
「今夜から2日かけて私を落とすことができたらあなたの言い分を聞きましょう。もしもダメならあなたと桔梗は別々の店に売り渡します」
賭け好きな芳生の考えそうな事だった。
だが楓も芳生が花梨を可愛がっていることは知っていた。
夜ごと花梨は芳生の部屋に通ってくる。きっと今夜だってやってくるに違いない。
もしもそんな場面を花梨に見られたらどうするつもりなのか?
それとももう潮時と考えてわざと楓にそんな役割を押しつけるつもりで言っているのか?
また全く動じることはないと高をくくってのことなのか・・・それが一番近いのかもしれないが本当に読み取れない男である。
楓には最初から拒否する選択肢などない。
ただ芳生から視線を逸らすことで精一杯の抵抗を試みた。
「それじゃあ明後日のこの時間までに私をお前に導くことができるかとてもワクワクしてきましたよ」
ワクワクと言いつつ何も表情には浮かんでいない。
花梨は芳生のどこがそんなに良いのかと楓は不思議でならなかった。
<「桔梗」24へ続く>
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