「おや、お前達どこへ行くのですか?」
店をこっそり出ると後ろから聞き覚えのある声がした。
※ここからは18歳以上の方のみどうぞ
[2回]
振り返ると上等な着物を着た店の経営者が立っていた。
「あっ、芳生」
花梨は経営者に呼び捨てとは良い度胸だが芳生も呼び捨てられて満更でもない顔をしている。
(さてはこの2人・・・だから花梨は楓姉さんのことがわかったのか)
その様子に気づいた桔梗は2人を見比べていた。
「甘味屋。おごってくれ」
「こら、花梨その口どうしてくれましょう」
「好きにすればいいさ」
微笑ましい会話を苦笑しながら聞いているとふと話が桔梗に振られた。
「桔梗の誕生日は明日でしたね」
色々あってそんなことはすっかり忘れていた。
ここに来てから誕生日なんてそれほど嬉しくない。
誕生日が来て歳をとれば客を取らされる歳が近づく。
今年がその歳になることは気づいていたのだが。
「誕生日のお祝いに奢りましょう」
芳生にそう言われても桔梗にとっては複雑な思いだった。
「何でも良いのか?」
花梨がそれを吹き飛ばすような明るい声をかけてきた。
「お前にはあまり関係はありませんけど」
芳生が苦笑いすると花梨は頬を膨らませる。
桔梗はその様子を見ながら、素直に感情を表に出すことができる花梨がうらやましかった。
「それじゃあ牛鍋にしてよ」
「いいでしょう。花梨あとで私のところに来るのが条件です」
芳生の意味深な言葉に花梨は嬉しそうに頷いた。
(花梨の奴・・・)
芳生に取り入って自由を手に入れるつもりなのだろうか?
最もこの子供っぽい花梨にそんな策略じみたことができるとはとても考えられない。
歳だって桔梗より下だから客を取らされるのもあと数年は猶予がある。
芳生だって自分の店の商品を傷つけたりはしないはずだ。
だとすれば尚更たちが悪い。花梨は純粋に芳生のことが好きだと言うことになる。
そんなことはきっとかなわない。
このスカした顔をした芳生は心の底では何を考えているのかわからないところがある。
そういえば前に楓と抱き合っていたところを目撃したことがあった。
こいつは油断できねぇのに花梨の奴・・・
「桔梗どうしたの?」
桔梗が怖い顔で芳生を見ていたので花梨は桔梗の肩をたたいた。
桔梗は「別に」と言いながら芳生の後を歩いていった。
やがて黒塀の大きな店の前にたどり着いた。
店の看板は「牛鍋や」と書いてある。
芳生は花梨の意見を聞き入れて本当に高級な牛鍋をご馳走してくれるらしい。
店の仕事もさぼって抜け出してきたというのに・・・
店に入ると個室になっていた。
どうやらここは芸者も出入りするような店らしい。
部屋は2間あった。
「あれこっちは何?」
広くて喜んだ花梨がはしゃぎながら隣の部屋の襖を開いた。
「えっ?!」
赤い布団が敷かれていた。
そういう店らしい。
しかし芳生は表情を変えずに席に座った。
桔梗も花梨と顔を見合わせたがすぐに座卓の芳生の向かいの席に座った。
「お前達は店を抜け出してこんな高級な店に来られたんです。それなりの事は覚悟してください」
芳生の口元が僅かに上がった。
<「桔梗」15へ続く>
にほんブログ村
読了、お疲れさまでした。
web拍手とかブログ村ボタンとかご協力ありがとうございます。
嬉しいです。
PR