部屋でアサドがどんな思いでいるかも知らずに、とても楽しそうに出て行った。
ナジムの部屋には最小限身の回りの世話をしている従者が一人だけいた。
マラークは彼のことをよく知っていた。
「カミールだね」
カミールはマラークの姿を見ると驚きもせずに静かに姿勢を低くしてお辞儀をした。
以前アサドと一緒にマラークの世話をしていたが、マラークが成長すると同時にいつの間にかマラークの側から居なくなっていた従者だった。
「覚えていてくださって光栄でございます。そしてあなたに瓜二つのナジム様の身の回りの世話ができることも、王様には感謝しております」
「そうなの?ナジムのことよろしく頼むよ」
「はい」
マラークの無邪気な笑顔はどんなに罪深いものか、このカミールはよく知っていた。
カミールもアサド同様王様がどこからか連れてきた優秀な男だった。
見た目はアサドよりも少し柔らかい感じでひとあたりが良かった。
それは恐らく彼の瞳がヘーゼルだからかもしれない。その髪の色も茶色かった。
マラークはカミールの案内でナジムが座っているカウチの前間できてハッとした。
すぐにカミールを振り返った。
「どうして?!なんで女の格好なんかさせてるの!」
ナジムは煌びやかな衣装を着けてもらっていたが、それは姫が纏うような衣装で下もドレスだ。
ナジムは赤い顔をして困ったような視線をマラークに送っていた。
だが、カミールは少しだけ微笑むと
「あまりにマラーク様に似ていらっしゃるので、王が連れて歩かれるときに不便だとおっしゃられて、女装なら顔も隠せるのでそういった意味でございます」
別に王様に下心があって、そのためにこんな格好をさせてるわけじゃないと聞けば、マラークも納得した。
ナジムの側に寄ると、それを英語で説明してあげた。
「英語ならわかるのですか?」
カミールは少しだけ驚いてマラークとナジムを見比べた。
「うん、カミールもナジムに言葉を教えてあげてよ。そうすればもう少しここが楽しくなると思うんだ」
屈託のない笑顔はマラークの育ちがいいからだとカミールは心の中で思いながら頷いた。
それからナジムの複雑な表情を見つめて、フッと思いついたことがあった。
育ちの良いマラークは人を疑うという事さえ知らない。
だからアサドはマラークから片時も離れようとはしなかったと、マラークにはわからなかった。
ナジムが来てから一ヶ月が過ぎようとしていた。
王はナジムのところへ入り浸るのかと思われたが、以外にも初日に味見をしてから強引なことはしなかった。
普通の妾達のように、街へ買い物に出かけたり、食事に行ったりするだけで体に触れようとはしない。その理由はカミールなのかもしれない。
ナジムは相変わらず女物の衣装を着飾っていたが、それだけでも王は満足しているらしい。
マラークはいったいどんなことを言ってカミールが王を止めているのか不思議だった。
「今夜もお出かけですか?」
あまりに熱心なマラークに遂にアサドが声をかけてきた。
今まで瞳を輝かせてアサドの話を聞いていたマラークが、このところどこか上の空だった。
だが、夜になると嬉しそうに出かけていくことが腑に落ちなかった。
「うん」
マラークがそれだけ言って出て行くので、この日アサドは遂にマラークの後をつけた。
そしてマラークの入っていく部屋でアサドはとても美しい姫を目撃した。
それはあまりに衝撃的で呆然としてしまうほどだった。
アサドにとってマラークが最愛の人であるのに、そのマラークを女にしたような容姿をしていたからだった。
呆然としながら足取り重くマラークの隣の自分の部屋へと戻っていく。
それをニヤリと笑いながらカミールが見送っていた。
読了、お疲れさまでした。
web拍手をありがとうございます