隣の部屋で眠っているアサドはすぐにその気配に気がついた。
「どうなさいました?眠れませんか?」
優しい低音の声に、マラークは
「眠れないから温かいミルクを飲もうと思って」
と歩き出すと、すぐに隣の部屋からこちらに来た。
「こんな夜中に出歩いてはいけません。キッチンまでは遠すぎます。誰か人を起こしましょう」
と電話を持とうと伸ばされた手をマラークは掴んだ。
ハッとしたように手を引っ込めたアサドにニッコリと微笑んだ。
「こんな夜中に大事にしないでくれると嬉しいな」
いつからこんな駆け引きを覚えたのかと、アサドはマラークの天使のような顔を覗き込んだ。
「わかりました。私が取ってきましょう」
「ありがとう」
にっこりと微笑まれてアサドはため息をついた。
「全く・・・今日だけですよ」
といつもマラークに甘い自分に言い聞かせるように言った。
マラークの部屋は一番高い階んあるのでキッチンまでは10分くらいかかる。
その上、ミルクを温めて持ってくるという仕事は早く帰ってきても30分ほどは時間がかかる。
アサドの姿が完全に見えなくなるのを確認すると、
マラークは部屋の窓にロープをかけて机の脚にしっかりと結びつけると、ロープを伝って部屋を抜け出した。
マラークは普段から、いつ危険が訪れても大丈夫なようアサドからこういった練習も受けていた。この2つ下に少年が連れて行かれた客間がある。
王が夜中、妾のところに出向く時間を見計らってロープを伝って降りていく。
窓から部屋を伺うと、幸い少年以外の人の気配はなかった。
マラークが窓を開けてそっと入った。
「誰?」
窓が開けられた気配に少年は怯えたように声をかけた。
マラークはそのまま少年が寝てるベッドに近づいた。
そこにはまだ両腕を鉄の鎖で拘束されたままの少年が横たわっていた。
「君は・・・」
少年は少しだけ驚いたがマラークがすぐに人差し指を立てて「シッ」と言ったので
そのまま黙った。
よく見ると体のあちこちに痣が残っている。
乳首の周りのそれを見てマラークはゾッとした。
父上は私にこんな風に見ていたのかと・・・
彼の胸にそっと触れると、彼の瞳が怯えていた。
「大丈夫、何もしないよ」
両手を伸ばして彼の背中を抱きしめると、僅かに震えていた背中が徐々に落ち着いてきた。
「これから毎晩、僕が来てあげる」
マラークがそう微笑むと彼はただ
「ナ・・ジム」
と呟いた。異国から連れてこられた彼に言葉はわからず、ただ王がつけた名前だけが彼の言葉だった。
「ナジム、それは名前だね。僕はマラーク」
「マラーク?」
「うん、そうだよ」
「マラーク」
ナジムはそれだけ言いながら少しだけ笑う。
良かった。この子笑った。
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