その部屋に足を踏み入れた光長は、翔太があまり部屋に帰らないのはセキュリティのせいだけではないのだと悟った。
彼の部屋には女性が持ち込んだと思えるようなカーテンやカーペット、テーブルクロス類が置かれいる。ここに戻ると思い出してしまうからきっと嫌なのだ。
逆を言えば翔太はそれほど彼女を好きだったのかもしれない。光長はそんな翔太が少し気の毒に思えてきた。家具類を眺めていると後ろから翔太がビールを手に持って現れた。
「どう見たって女の趣味だよな。わかっているけどつい面倒で」
きっとそれだけじゃないと光長は黙って翔太の横顔を見つめた。
「ま、確かにそれだけじゃないけど君がいれば捨てられるかもしれないな」
「少しでも助けになれれば僕も嬉しいよ」
純粋に光長はそう言って笑った。
こんな田舎で何の支えもない暮らしは寂しいのだろう。その気持ちもわからないでもない。
部屋の模様替えをすればあっさりと忘れられるのであればすぐにやっていたことなのに、それをそのままにしていたのはやはり未練があるのだろう。
「高校の時からつきあってたんだよ」
ソファーに座ってビール缶のふたを開けながら翔太は言った。
光長も向かい側に座った。
「すごく好きで思い切ってコクったらキラキラと微笑んだんだ」
翔太は手にしていたビール缶を口に運ぶ。
「もう人生の半分ぐらい同じ時間を過ごしてこのまま一生一緒にいるって疑わなかったんだけど・・・」
両手でビール缶を持って翔太は悲しそうに笑った。
「こんなに狭い施設の中で別の男ができたことに気がつかなかったなんて、いきなり子供ができたから結婚しますって言われて・・・」
笑っている翔太の顔が光長には泣いているように見えた。
「無理しなくていいですよ。僕なんかいないと思って大声で泣いたって変じゃないです」
光長の言葉に翔太はまた無理な笑いを浮かべた。
「こんな話聞かせられる相手もいないから、悪いね。酷い奴につかまったと思って聞き流してくれればいいよ」
どうやら翔太が光長を拘束したのは話を聞いて欲しかったらしい。
今までの男達と違った対応に光長はホッとした。
<「弦月」翔太の部屋にて2へ続く>
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