ドアの向こうから声がして、若い男が入ってきた。
彼はここに来たときに案内してくれた男だが、今度は着物を着ている。
スーツを着ていたときはあまり気にならなかったが、着物を着た彼は気のせいか色っぽく感じた。
「私は松田花梨と申します。あなた様のお世話係をさせていただきますのでよろしくお願い申し上げます」
「こちらこそよろしくお願いします」
丁寧に頭を下げた花梨に光長も立ち上がっておじぎを返した。
向かいに座っていたはずの雅秀がいきなり前に出ると花梨の手首を掴んだ。
グイッとその腕を引いて、腕の中に抱いていた。
光長は驚いたが当の花梨はそれほど驚いた感じはしない。
「ほう、ちょうど良いサイズって訳だ」
雅秀の口元が上がった。
「真面目にご所望でしたら後ほどごゆっくりと」
熱っぽい瞳でそんな雅秀を見つめてからその腕をうまく抜け出した花梨は光長の手を掴んだ。
「私が用があるのはあなたです。社長がお待ちですのでどうぞこちらへ」
掴まれた手をぐいっと引かれて光長は花梨の前に出た。
花梨は光長の手を掴んだままドアを開いて廊下に出て行った。
部屋では雅秀がソファーに座って煙草に火をつけていた。
花梨は廊下から大きな部屋に入り、濡れ縁から中庭を見た。
濡れ縁に用意してあった草履を履いて庭を歩いていく。
草履を履いたあたりから光長の手は解放されていた。
季節の草木が植えられた庭には池などもあり手入れが行き届いていた。
その庭は平安の昔を思わせるような趣があった。
中庭を歩いていくとその中央にポツンと茶室が建っていた。
花梨が先になってにじり口に声をかけると、その戸が中から開けられた。
「光長君だけ入ってください。花梨ご苦労様でした。雅秀君を頼みましたよ」
眼鏡をかけて着物を着た社長がにじり口からそう言うと花梨は引き返していった。
光長が戸惑っていると、社長は
「ここから草履を脱いで上がってください」
と言った。
光長は体を屈めて狭いにじり口から入ると3畳の畳の一つに釜が置かれていた。
正面には庭の景色を切り取ったような窓があり、まるで絵でも飾られているように見事な風景がそこにあった。
<「弦月」茶室にて2へ続く>
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