どうやらここは寝台個室らしい。
さっき雅秀が注文した食事が個室に運ばれてきた。
プーンと良い匂いが光長の鼻をくすぐり食欲を刺激する。
そういえばろくに食事もしていなかった。
ワゴンに乗せられた食事はレストランのような洋食で豪華だった。
「パンで良かったか?」
普通に話しかけられると不思議な気がする。
光長は黙って頷くと雅秀はワゴンを引き寄せた。
「バターは?」
雅秀はワゴンに乗ったバケットを手にとって光長の顔を見る。
「ああ」
光長がそう言うと慣れた手つきでバターナイフを持ってバターを塗った。
そのパンを光長に差し出した。
普通に食事をしているとどこか懐かしいような気がしてくる。
手渡されたパンを手に持ったまま雅秀を見つめていると雅秀はフッと笑った。
「お前、変わらねぇな」
「は?」
「昔っから俺に見とれるくせがある」
自分がいつ雅秀に見とれたのかと言ってやりたかったが、パンが口に入っていた。
大体昔って言うほど長いつきあいじゃないし・・
「これとれるか?」
雅秀はそう言いながら光長の前に皿からサラダを取り分けてくれる。
他にも色々と光長に分けてくれた。
仕事の時も思ったことがあったが、雅秀は結構マメだった。
グラスにもいつの間にかワインが注がれていた。
「お前ってアルコール飲めるのか?」
と聞かれて「少しぐらいなら」と言うと「じゃあ飲め」とグラスを渡された。
喉が渇いたせいかひとくち口を付けるとまろやかな香りがおいしくて一気に飲み干した。
「うまいか?もっと飲め」
また酔ったら酷いことをされるかもしれない。光長はそう思うとさっき縛られて痕が残っている自分の手首に触れた。
それだけで体がカッと熱くなる。
雅秀はそれを見逃さなかった。
光長が顔を上げると真っ直ぐに黒い瞳が見つめていた。何も言わない。
ただ強い視線だけを向けられて光長は居心地が悪くて口を開いた。
「あの商家って一体何だったんだ?」
ずっと知りたかったが、聞くのが怖かった言葉が咄嗟に口に出ていた。
「あれか?あれはな」
雅秀の口元が上がった。
「そのうちわかる時が来る。それよりお前あの場所に見覚えはなかったか?」
そう言われてみると始めて行った場所なのに見覚えがある気がした。
「さっきから昔とか、覚えがあるとか、お前は俺の何を知っていると言うんだ」
雅秀の言葉には光長のことを昔から知っているというようなニュアンスが多く含まれている。
光長自信も雅秀と出会ってから変な夢を見るようになっていた。
「信じないかもしれねぇが」
雅秀はそこまで言うと「おっとせっかくの肉が硬くなっちまう。話は後だうまいうちに食え」
光長の皿に切り分けたステーキを置いた。
光長は雅秀の顔を見ながら肉にフォークを刺して口に運ぶ。
こんなところで食べるにしては本格的な旨さの食事に夢中になった。
食事を終えると雅秀はシートに横になって毛布を引き寄せた。
「お前も寝ておけ」
そう言うと眠ってしまった。
まるで会話を避けているように思えて光長はまた雅秀の寝顔を見つめていた。
<「弦月」特急列車にて5へ続く>
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