そんな長い時間に雅秀からの連絡が来ないのが不思議だった。
やはり止めるのを無理矢理来てしまった光長に対して雅秀は怒っているのだろうか。
それとも彼の長い人生において、1ヶ月や2ヶ月など少しも長い時間ではないのかもしれない。
光長にとって救われたのは、月余がずっとここにいるわけではないと言うこと。
それなりの地位を持つ人だけに自由な時間も限られている。だから1ヶ月ここにいても実際に月余に呼ばれたのは最初の1回のみだった。
それが光長にとっては救われた。あんなことが毎日続けられていたら本当に気が触れていたかもしれない。
庭を散歩していると桜の花の膨らんだピンク色の蕾を見つけた。
少しでも温かい日差しがさせばきっと花開くだろう。
もうそんな時期が来るのだと光長は思った。あと2ヶ月間ここにいる約束をしている。
雅秀と離れてみるとこの時間はとても長く退屈に感じられた。
昔、雅秀と出会う前はそんな空しさなど感じたことはなかった。
例え彼女がいたときでさえ、離れていても寂しいなどと感じたことはなかった。
そう考えると雅秀と前世から結ばれていたというのは納得がいく。
ここの桜が満開になっても、その桜が全て散ってしまっても光長は雅秀に会うことは許されないのだろうか?
雅秀と永遠に一緒に暮らすためにここに来た。
今一瞬だけ辛抱すればそれでずっと一緒にいられるんだと思うことが何よりの光長の励みだった。
「いいこと教えてあげましょうか」
桜の木の向こうから花梨の声がした。今日はスーツではなく派手な着物を着崩しているところを見ると、昨夜は客の相手をさせられていたらしい。
庭の真ん中に立てられている東屋の濡れ縁に腰掛けて着物の裾をヒラヒラさせながら足をぶらぶらと動かしている。少し乱れた襟元から除く肌が少し艶めかしいのは、そこからちらりと見える赤い痣のせいだ。
「なんだ?」
光長は花梨の前まで歩いていく。
「まあ、座れば」
花梨は自分が腰掛けている横を顎で指した。
光長はそこに座って桜の木を見上げた。
ピンク色の蕾は枝先を赤く染めている。
「結構いいながめですよね。ここ、私のお気に入りなんですよ」
何となく可愛らしい仕草に見えたのは、彼の昨晩の相手のせいだろうか?
光長はいつもは無愛想な花梨がそんな風に見えるのを微笑ましく思えた。
「良いことあった?」
笑顔を花梨に向けると花梨は素直に頷いた。
「あのね、ここを出て一緒に暮らそうって言われたんだよ」
こんなに素直に語る花梨はとても可愛らしいと思った。
「そうか、良かったな」
光長まで心が晴れていくような気がして嬉しかった。
「うん。この桜が散るまでに向かえに来てくれるんだって、楽しみだな」
そう言って桜の木を見上げる横顔を見つめていた。
「そうだあなたに昨日の晩、お客が来ていたよ」
「えっ?!」
知らなかった。誰からも渡りは来ていない。ということは月余以外の客なのだろうか?だから光長に伝えることもなく帰してしまったのだろうか。
でも、心の中でそれが雅秀かもしれないと思っていた。
いや、それは願望であってそうであるはずがない。
大体雅秀だったら、花梨は最初からそう言うだろう。それを客というのだから知らない相手に違いない。
光長は少しだけ嬉しそうな顔をしてすぐに曇った顔になった。
「どうせまた僕を欲しいという客だろ」
「どうかな・・・僕にはよくわからないよ。でもあのまま帰っちゃったのかな?」
花梨はいつもよりも機嫌が良いせいか光長を気遣ってくれた。
<「弦月」早咲き桜の咲く木下で2へ続く>
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