日が傾くと部屋のあちこちにきれいな明かりが灯り出す。
※ここからは18歳以上の方のみどうぞ
[0回]
その建物の姿は時代をタイムスリップした遊郭のように、木造で細かく組まれた柱が美しい佇まいだった。
光長は花梨が向かえに来たので離れの部屋へと移動していた。
花梨は光長がくつろいでいた客室へ来ると
「まだいたんですか?忠告はしましたから」と素っ気なく言った。
これでも彼なりの気遣いだと思うと光長は苦笑して頷いた。
だが、今更逃げ出すわけにもいかない。不老不死になれるなら、雅秀と友に生きられるのなら、長い人生の中の一時の苦痛などどうということもない。
既にそう心に誓ってここに来たのだから・・・
狭いが決して窮屈さは感じられない部屋の中で光長は芳生が現れるのを待っていた。
まだ服装は来た時のまま濃紺のスーツに淡いピンク色のシャツを着ている。ネクタイは外したままだ。スーツの上着は脱いでシャツの第2ボタンを開けたくつろいだ姿のまま肘掛けにもたれていた。
「社長が見えました」桔梗の声だった。
すっかり平静を取り戻した桔梗は昨日会った時よりも艶やかに見えた。
昨日のあんな姿を見てしまったからかもしれない。
光長は肘掛けから体を起こして正座した。程なく襖が開けられて芳生が部屋の中に入ってきた。
「ゆっくり休みましたか?」芳生は光長の首筋を見つめている。
光長は一瞬スッと風が吹いたような寒気を感じながら芳生の冷ややかな瞳を見つめた。
「はい、おかげさまで。ありがとうございます」
「それは良かった。あなたにはここだけではなく客間も自由に使っていただこうと思っているんですよ」
それはずっと拘束されることはないと言っているようなものだ。今度は前とは扱いが少し違うのかもしれない。光長は僅かな期待を持った。
「着物もいいですが・・・」
芳生の視線が光長の全身を見てから開けられた襟元で止まる。
「男物の服も良くお似合いですね。あなたは本当にお美しい。不老不死になれば永遠にその姿を止めておけるんですね。楽しみです」
何となく複雑な心境だった。雅秀と一緒にいられるのならばそれでいいと思っていたが、自分の姿をそのまま止めることには何の興味もない。光長はどちらかと言えば自然の摂理に従って老いて死んでいく方が美しいと思っている。
「桜の花は散ってしまうからこそ美しいのではないですか?」
「ほう」
芳生の瞳が眼鏡の奥でキラリと光った。彼はよく花を愛してこの屋敷の至る所に花を飾っている。自分が不老不死という体を持ってしまったために、無意識に憧れていたのかもしれない。
「僕もきっと永遠になればすぐに飽きる。そう思いませんか?」
雅秀もそうだろうか?ずっと長い間待ちわびていたからこそ光長が愛しかった。だが、光長が永遠の命を手に入れてしまったら雅秀は飽きてしまうかもしれない。永遠に一緒にいることなどあり得ない。光長の瞳が僅かに揺らいだ。
「そんなことはありませんよ。私は花を凍らせて保管する事も好きなんですよ。いつでも愛でたくなったときに見に行く。これは内緒の話ですが、誰も知らない場所に私のコレクションがあるんですよ。自分のものだからこそ余計に愛着がありますよ。美しいものはそのままあるべきだと私は思っています。そしてあなたも」
芳生の右手が光長の頬に触れる。
伸ばされた長い指先は光長の頬に触れながらふっくらとした唇の間に割り込んでくる。
官能的な仕草で指を口の中に入れられて舌先に触れた。
「こうして指に触れただけであなたは色づく。きれいな花です」
芳生が意味深に微笑んだ。光長は僅かに火照ってきた体を芳生に見透かされたような気がして怖くなった。
<「弦月」再び商家にて8へ続く>
にほんブログ村
読了、お疲れさまでした。
web拍手をありがとうございました。
PR