あの時は騙されたように連れてこられた。
そのまま雅秀は消えてここの社長である芳生に預けられた。
彼は社長と呼ぶには若く、ビジネスマンと言うより伝統芸能などの家元と言う方が合っていた。
ただ、その鋭い視線はいつも遠くを見つめていて何を考えているのか全くつかめない人物だった。今回光長はこの芳生に指名されてここに呼び出された。雅秀を連れてこなかったのは、予めそう言われていたからだった。
「どうしてもあなたにお願いしなければならなくなりました。それにもし拒まれた場合、あなたの会社にも大きな圧力がかかるのです」
何を意味しているのかは予想がついた。だが、肝心なここでの記憶は殆ど消されていて、相手が誰だったのかは全く思い出せない。何をされたのかもはっきりとは覚えていないのが幸いだった。
「お久しぶりですね。以前よりも美しくなられた」
芳生がそう言うと、横にいた秘書の桔梗が光長を睨んだ。
以前の時の世話役は花梨だった。桔梗は雅秀と関係したために折檻されたと聞いていた。
芳生のことを好きな桔梗は光長への腹いせに雅秀を誘惑したのだと、花梨に後から聞かされた。
だから芳生の言葉にまた焼きもちを焼かれたのかもしれない。
それだけ素直で可愛い子だと光長は少しだけ桔梗を見る目が優しくなった。
「ほう、余裕も出たようですね。これは色々と楽しみな」
芳生はそんな光長を見逃しはしなかった。光長の顎をすくい上げると冷たい視線で光長の瞳を覗き込んでくる。まるで心の底にあるものまで見透かすような鋭い視線に、光長は背筋が寒くなった。
「桔梗、彼を部屋に案内してあげてください。客間の方ですよ」
改めて客間と言ったのは、以前光長が監禁状態になった離れの別棟のことがあるからだろう。
そこはまるで昔の遊郭のように古風な作りで風情はあったが、そのまま遊郭だった。
それも男色専門で特別な客しか来ない独特の異質な世界だった。
この芳生という男に気が置けない理由の一つには、政界財界の大物と繋がっている一面を持っているからでもある。
光長は芳生に挨拶をしてから桔梗の案内で部屋を出た。同時に少しだけホッとした。
「なんでまた来たの?」
芳生がいなくなると桔梗は乱暴に問いかけた。
「なんでって、呼ばれたから・・・」
「別にそんなの無視すれば良かったのに」
口調は乱暴でも彼なりに光長を心配しているのだろうか?
それとも芳生をとられるのが嫌でそう言っているのか、いずれにしても彼は素直で可愛い。
光長はそう思って微笑んだ。
「何がおかしいのさ、私だってあんたぐらい抱けるんだから甘く見るなよ」
「じゃあ、してみれば?」
光長はおかしくて笑いながらそう言うと桔梗は光長を廊下の壁に押しつけた。
華奢な腕が光長の肩を掴んでいる。
身長は光長よりも僅かに高かった。だが体が全体的に細い。光長も細いが桔梗は若さも手伝って華奢というイメージがぴったりあてはまった。
「せめて部屋まで案内してくれないかな」
光長が余裕たっぷりにそう言うと桔梗は体を解放してくれた。
やはり子供なんだと光長は彼の前になって歩き出した。
「ここだよ、ここならいいの?」
桔梗がドアを開いて光長に部屋を案内すると、光長は真っ直ぐにベッドの周りやら壁やらを調べ始めた。
「カメラはないようだね」
以前は隠しカメラで酷い目にあったのを光長は覚えていた。
「いいよ」光長がベッドに座っていると桔梗は光長の横に来た。
来客を迎える際に桔梗は男物の着物を着ている。今も渋い紺地の着物を着流しで着ていた。
光長の横に座った桔梗はゆっくりと光長の頬にてを伸ばした。
<「弦月」再び商家にて2へ続く>
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