雅秀にそう尋ねられて光長は首を横に振った。
「じゃあ俺浴びてくるわ」
雅秀はシャワールームへ消えていった。
光長は窓の近くに置かれているイスに座ってガラスの向こうに広がる景色を眺めた。
駅前はビルや建物が建ち並んでそれなりに賑やかだが、少し遠くを眺めると山が連なっている。
雪を被った山は太陽の光を浴びて銀色に輝いていた。
静けさが嘘のように感じられる。長旅のせいかイスにもたれかかると眠気が襲ってきた。
「やっと会えたな」
知らない男が光長に話しかけてきた。
光長はなぜかまだ小学生の高学年だった。修学旅行で行った奈良でそれぞれが自由に遊んでいた。
光長も鹿にせんべいをあげていたら突然その前に男が立ちはだかった。
見覚えのない男が光長の顔を懐かしそうに見つめている。
一緒にいた友達が「知り合い?」と聞いたので光長が首を左右に振るとその友達は男を睨んだ。
「ああ、大丈夫何もしないよ。昔から知ってるんだよ」
「どのくらい前?」
光長が尋ねると男は微笑んだ「そうだね100年以上前かな」
「嘘つき。やっぱりこの人怪しいよ。みっちゃん行こう」
友達は光長の腕を引っ張って先生達がいるところに歩いていく。
「え、あの名前は?」
連れて行かれながら光長は男に尋ねると男は「森本雅秀」と名乗った。
光長が子供なのに雅秀は今と変わらない姿のまま。
「いずれまた会えるさ」
雅秀は去っていく光長に手を振っていた。
「光長、シャワー空いたぞ」
肩を揺すられて瞼を開くと白いバスローブ姿に濡れた髪をタオルで拭きながら雅秀が立っていた。夢の中の雅秀とどこも変わらない。
今のも夢だったが、実際に同じことがあったような気がする。
ただ、あの時の男が本当に雅秀だったかどうかは全く覚えていない。きっと一緒にいるせいで記憶がすり替わってしまっているのだろう。雅秀の姿が変わらないはずはない。
光長とそれほど歳が変わらないのだから当然光長が子供なら雅秀も子供のはずだ。
「どうした?」
まじまじと雅秀の顔を見つめていた光長に雅秀は微笑んだ。
「また夢を見たのか?で、今度はどんな夢だ?」
光長は体を起こしながら両手を擦りあわせる。
「俺が子供でお前が今のままの姿だった」
「ほう」
雅秀はそう言ったきり窓の前に立った。
濡れた髪を手ぐしでかきあげて遠くを見つめている。
その姿に光長は少しだけドキリとした。自分と変わらぬ男だというのにどこか野性味があって男らしい。自分もそんな容姿に生まれていれば、こんな風に男に泣かされることもなかったのだろうか?
「お前は何度生まれ変わっても変わらない」
まるで光長の考えていたことを見透かしたように雅秀が呟いた。
「何度生まれ変わろうと、俺はお前を見つけ出す」
光長がため息をついて立ち上がるとシャワールームに向かって歩きはじめた。
雅秀という呪縛からは一生どころか生まれ変わったとしても放たれることはない。
これが雅秀の言うように恋物語だとすればすごくロマンチックな話なのかもしれない。
けど目の前にいる男の仕打ちは光長にとって最悪なことばかり・・・
光長はシャワールームのドアを閉めた。
<「弦月」シティホテルにて3へ続く>
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