あれは夢?一瞬そんなことを考えた楓は体を起こそうとして、
最初に客をとった翌朝のような腰の痛みで、すぐに現実だと認識した。
きちんと布団の上で浴衣に着替えさせられてきれいになっている。
「桔梗がしてくれたの?」
楓の言葉に桔梗は頷いた。
「あ、でも姉さんを運んでくれたのは吉治(きちじ)だよ」
吉治とは店の色子達を客への橋渡しをする役割をしている“やり手”である。
年は若く見えるが楓がこの店に来る前からここにいた。
その時から楓よりも大人だったから推定年齢は40過ぎているのだろう。
だが、がっしりとした体つきで彫りの深い顔立ちは30代前半にしか見えない。
吉治は芳生の身の回りや色子達の世話も焼いている。
この店で一番忙しいのはこの吉治かもしれない。
「そうか悪かったね」
「ああ、いつものように嫌みを言われたけど、悪いのは主の芳生だからね」
桔梗の手が楓の頬に優しく触れた。
「大丈夫?楓。僕すごく心配で楓がいなくなってしまったらどうしようかと思って芳生の部屋の前でウロウロしちゃったよ」
それを聞いて楓の顔が真っ赤になる。
「全部聞こえてた?」
「ああ、大丈夫何も聞こえなかった。でも聞こえてたら飛び込んでたよ」
「良かった」
「良くない」
安心した楓の唇に桔梗はそう言って唇を重ねる。
やんわりと触れた桔梗の唇の隙間からすぐに舌が楓の口の中に進入してくる。
待ち遠しかったように舌を絡め取られて奥深くまで口の中を蹂躙していく。
楓の体はすぐに熱を持った。
すると桔梗は一度唇を離した。
「だから心配なんだよ。楓の体って男好きする・・・やらしいね。これからは僕にだけそんな姿を見せてくれるね」
「これから?」
驚いた楓に桔梗はクスッと笑った。その顔がやけに大人びて見える。
「そうか楓は知らないんだよね。あれから芳生は「僕に賭で負けたからお前は色子としてここに残れ、その代わり楓はやめさせてこの店の雇われ主にする。」と言ったんだ」
「主?」
驚いて起き上がった楓は体の痛みに少しだけ顔を歪めた。
「うん、看板代わりだって。楓は美人だからね。でもお客はとらなくていいんだよ」
願ってもない言い配慮だった。
楓は気づいてはいなかったがそうすることで芳生もまた楓を手元に置くことが叶ったのだ。
手出しはできなくても隣で眺めていられるだけで、芳生には花梨もいる。
この微妙な関係は当人達にしかわからないのだろうが・・・
桔梗はそうとは気づかず素直に喜んでいたのだった。
「でも、桔梗はお客をとらされる」
「楓さえ他の人に抱かれなければそれで僕はいいの」
桔梗は嬉しそうに微笑んでいる。それを見ていた楓はもう何も言わなかった。
(雅秀・・・これでやっと私もあなたを忘れられる日がきたみたいだ。あなたも幸せになれればいいと心の底から祈っているよ)
「楓、もうできない?」
頬を染めて求めてくる後輩に楓は首を左右に振る。本当はずきずきと痛む体だが好きな相手ならそれもきっと甘いうずきに変わるに違いない。
両腕を桔梗に回すと桔梗はもう一度楓の唇を塞いだ。
「楓・・・愛してる」
<「桔梗 29」へ続く>
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ありがとうございます。
さて、この「桔梗」も30話で終わろうとしています。
次の話は短編を書きたいと思っています。
「蜜月」の番外編とか・・・すみません予定は未定です。。。
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