薄紫と黒の地味な仕掛けを羽織って見事な黒髪を背中で無造作に束ね、鼈甲でできた扇のかんざしをひとつそこに刺しただけの地味な格好だというのにその内側から香りたつ様な色気がある。これがこの店の雇われ主人の楓(かえで)である。
楓はこの男だけの遊郭で傾城として常にトップをとっていたが二十歳を過ぎた頃いきなりやめてしまった。
借金の返済が終わっていなかったため、自由は許されず特別にこの店の主人として若い色子達を束ねていた。
桔梗が8歳でこの店に売られてきて初めてこの楓に会った時はまだ楓は傾城で客を取っていた。桔梗はその楓の身の回りの世話係として部屋付きとなった。
楓は幼い桔梗を可愛がってくれて桔梗もそんな楓を慕っていたのだった。
「桔梗はいくつになりましたか?」
楓は明け方客を送り出すと後ろに控えていた桔梗を振り返った。
「はい、あと10日で15になります」
細面の色白の桔梗は可愛いと言うよりはきれいという言葉が似合う。
どこか知的な感じが漂う控えめな少年に育っていた。
楓のような真っ黒で見事な黒髪とは違って少し茶色っぽくて癖のある髪を楓は気に入っていてよくその頭を撫でてくれた。
「もう15でしたか・・・」
少し寂しげな表情で遠くを見つめている楓に桔梗がその手をとった。
傾城の仕掛けは豪華で重く重量があるので部屋づきの禿がその手を持って支え歩くのが常である。
手を取られて楓はその手を強く引き寄せたので、桔梗は楓の腕の中に倒れ込んでしまった。
たった今まで客と情事を楽しんでいた楓の首筋に客の痕跡を見つけて桔梗は赤くなる。
同時にプーンと楓から酒の匂いがした。
「ごめんなさい・・・あの・・」
桔梗が楓の顔を見上げると楓はなぜかいつもとは違う視線で桔梗を見つめていた。
桔梗は戸惑いながら楓の腕から離れた。
そうして楓の部屋まで戻ってくると楓はいきなり桔梗を押し倒してのしかかってきたのだった。
「楓姉さん?!」
「お前もあと1年で私のように客に抱かれるのですよ。徐々に慣れておかなければいけない年齢です」
そう言われて桔梗は改めて自分の置かれている環境が怖くなった。
これまで楓が客としていることは知っているし、見たこともある。
ただ、その楓を見ていていつもきれいだと思っていた。
それが自分になるとはとても考えられなくてどこか客観的に眺めていた。
「お前が何もできなければ私が笑われる。お前を仕込むのは私の仕事なのです」
楓にそう言われて間近に寄せられた楓の美しい顔を見つめると、桔梗は自分が楓を押し倒したい衝動に駆られてきた。
間近に寄せられた頬に手を伸ばすと逆にその手を掴まれてしまった。
楓がその唇を寄せて桔梗の唇を塞ぐ。
楓の舌が桔梗の唇の間を行ったり来たりして僅かに口を開くとその隙間にスルリと楓の舌が進入してきた。少し酒臭い舌が桔梗の口の中で動くと桔梗は初めての事に動揺を隠せず、思わず楓の体を両腕で押していた。
「いやっ!!」
目の前で楓はクスッと笑っていた。
<「桔梗」2へ続く>
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さて、いきなり始まりましたが全て「蜜月」の番外編です。
この「桔梗」は「梨の花」の続編のようになっています。
「蜜月」で陰間茶屋(男の遊郭)にいた色子の2人花梨と桔梗のお話です。
リーマンものも考えていますが、もう少しこの続編を引っ張ります。
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