見たこともないような高級車で向かい側の席にアサドが座っている。
「もうすぐです。着く前にひとつだけ忠告しておきます。マラーク様は多くの方に狙われています。決してお一人で出歩かないようにしてください」
アサドが恭しくナジムの手にキスをする。
これをどう受け取るべきなのか、ナジムは戸惑った。
自分はあくまでマラークの身代わりとして心配されているだけなのだろう。
そう思うとわかっていても胸の奥が痛んだ。
所詮身代わりじゃないか・・・
車が軍事基地に到着した。
運転手がドアを開けてくれてアサドが先に降りると、ナジムの手を掴んで下ろしてくれる。
まるでお姫様のような扱いにナジムは照れくさくて俯いた。
「これはよくこのようなところまでいらっしゃいました」
突然大きな威圧するような声にナジムが先方を見ると、向こうからきっちりとした軍服を着た男達がこちらに向かって近づいてきた。
「お招きいただき光栄です。マラーク様です」
アサドがナジムを彼らに紹介すると、その中心の男がスッと前に出でナジムの前に跪いた。
「私はブルザード皇軍指揮官のカマールと申します。この度はよくお越しくださいました」
ナジムの手を取って口づけた。
ナジムもアサドに教えられたとおりに自己紹介をした。
「マラークです。本日はお招きに預かりありがとうございます」
容姿だけではなく透明なナジムの声に、そこにいた誰もがうっとりとする。
普段は男だらけの軍隊に皇室の王子は憧れの的でもあった。
アサドはすぐにナジムに
「マラーク様参りましょう」
とカマールを見た。
カマールの隣にいた部下が案内しようと動くと、カマールはそれを制して自らナジムの手を取った。
「それでは私がご案内いたしましょう」
すっきりとした軍服にスラリとした長身の身をつつみ。帽子を被ったカマールはアサドとはまた違った威圧感を感じさせる。
なによりもその瞳の鋭さはまるで獣のようで、流石に軍隊で鍛え上げられているというのが伺えた。
会場は軍事基地の中のホールだった。
既に多くの皇族や国の主要人物が集まっている。
ナジムはアサドに写真で誰かと言うことを教え込まれていた。
「それでは何かありましたら遠慮なく私でも部下でもお申し付けください」
とカマールは多くの人の中へ消えていった。
ナジムは落ち着かずにいるとアサドがナジムの手を取った。
「汚らわしい、血に染まった手で触れるなんて・・・あなたは落ち着いて構えていれば私がフォローします」
いつになく優しく感じられてナジムは少し戸惑った。
そこへ写真で教えられたマラークの兄がやってきた。
「やぁ、マラーク元気そうだな」
「マタル様ご機嫌麗しゅう」
アサドが恭しく挨拶をするとマタルはそれを無視してナジムの目の前に来てその顎を掴んだ。
「マタル兄様・・・お久しぶりです」
ナジムもアサドに教えられた挨拶をした。
だが、マタルはナジムの顔を覗き込んできた。
「ほう、これはまた一段と色っぽくなったね。流石元売女の子はその血を引いていると見えて、お父様にもその白くきれいな足を開くのか?」
とナジムの来ていた服に手をかけようとする。
「マタル様少し冗談が過ぎるようです」
とその手を掴む。マタルは意地悪くアサドを睨んだ。
「なんだ、アサドにも足を開いて誘惑したのか・・・汚い女の子はやはり同じ手を使うのだな!私がマラークを検分してやろうというのが悪いとでも言うのかアサド!」
大声を出すマタルにアサドは呆れつつも、押さえてなだめるように別室に連れて行った。
ナジムはたった今突きつけられたマラークの母のことが気になった。
「大丈夫ですか?顔色が悪いですね」
気がつくとナジムの傍らにはカマールが立っていた。
「大丈夫です」
ナジムが無理に笑顔を作るが、カマールはその手をまた掴んでいた。
「無理をなさらないで、あちらの客間で少し休まれた方が良いでしょう」
とナジムを連れて別の客間へと連れて行った。
だけど勝手に出歩いたらきっとアサドが心配する。
「すぐに戻らないとアサドが心配する」
ナジムがドアに近づくとカマールは
「私の部下があなたがここにいることを伝えておりますから大丈夫です。それよりこれをどうぞ、落ち着きますよ」
カマールが差し出したグラスを眺めながらナジムは『決して私以外のものが差し出すものに口をつけてはいけません』というアサドの言葉を思い出していた。
「私をお疑いですか?」
だが、カマールにそう言われるとナジムはそれに口をつけた。
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