「この部屋ですか?」
とアサドの言葉に頷くとアサドは部屋のドアをノックした。
だが、ドアは開かない。
「マラーク様はお一人ですか?」
アサドがナジムを見下ろすとナジムは首を横に振った。
「いいえ、私の身の回りの世話をしてくれていたカミールと一緒です」
「カミールだと?!」
アサドが露骨に嫌な顔をした。
「カミールはとてもお優しい方でした」
別にアサドと比べるつもりもなかったが、少なくともナジムに手を出したりはしなかった。
そう思ってナジムが言うがアサドは聞いていないのか、勢いよくバンッとドアを開いた。
シンと静まりかえった部屋には人の気配がない。
「・・・っ・・・」
アサドが小さく舌打ちした。
そのまま勢いよく部屋の中に入って部屋中を探し回る。
後ろからナジムも部屋の中へ入ったが、居るはずの場所に2人が居ないことが不思議だった。
今日は王様からお誘いの予定はなかったはずだし・・・
とソファーの前まで来ると、そこに部屋中を全て探し終わったアサドが戻ってきた。
アサドはこれまで見ていた無表情な顔ではなく、怒気に満ち溢れ、その瞳には殺気さえ感じられた。
いきなりグイッとナジムの服を掴んで引き寄せると、その鋭い瞳でナジムの覗き込んだ。
「どこへ行った?!」
低くうなるような声で掴んだ服ごと体を持ち上げる。
ナジムは首の辺りを締めつけられて声が出なかった。
「マラーク王子はどこへ行ったか聞いているんだ!!答えろ!!」
初めて聞く乱暴な言葉にナジムの体はビクンとして声を絞り出す。
「知ら・・ない・・わかりま・・せん」
その言葉にアサドはようやくナジムの服を離すと、ナジムは急に呼吸が楽になり咳き込んだ。
「お前になど構わなければよかった・・・」
苦虫を噛みつぶしたような渋い顔でアサドがナジムの横にあった鏡を殴った。
ガシャンッ!という大きな音がしてキラキラと鏡の破片が飛び散った。
ナジムの頬にも微かな痛みが走る。
だが、目の前のアサドの手から血が流れるのを見てハッとした。
「血が・・・早く手当をしないと・・死んじゃう・・・」
ナジムは瞳を見開くと急にガタガタと震えだして、血まみれのアサドの手を取った。
急に変わったナジムをアサドは呆然と見つめていたが、その傷口に温かく柔らかなものが触れて眉間にシワを寄せた。
ナジムは壊れた人形のようにアサドの傷口に口を寄せてペロペロと舐めていた。
さっきまでどんなに意地悪をしてもこんなに辛そうな顔はしなかったのに、今のナジムは怯えるように震えていた。
「死なないで・・・もう誰も・・・お願いだから・・・」
ナジムは懸命にアサドの手から溢れる血を舐め続けた。
「こんなことで死んだりはしません」
ようやくアサドも冷静さを取り戻して、いつもの声と口調に戻っていた。
アサドは震えるナジムの背中に手のひらをあてるとそっとさすった。
だが、そこにアサドにとってこの世で最も大切な人(マラーク王子)はいなく、彼と瓜二つのオッドアイの奴隷であるナジムしか残っていないことに変わりはなかった。
アサドはどんなことをしてもマラークを探し出そうと心に決めた。
それにはまず、彼(ナジム)にマラークが戻ってくるまでの間、マラークの影武者を演じてもらわなければまずいことになる。
そこでアサドは、ナジムが消えてしまったことにしようと思った。
「誰か!!!」
部屋の外に向かって大きな声を張り上げると、いつも控えている従者が姿を現した。
「お呼びでございますか?」
そう言って部屋の入口で頭を下げた従者に
「商人のジェームズを呼んでこい」
と命令する。従者は「はっ」と短く返事をすると彼が宿泊している宿舎へと向かった。
まだいてくれることを願いながらアサドは傷口を両手で大切そうに掴んでいたナジムを見下ろした。それからその体を横に抱き上げるとマラークの部屋へと戻っていった。
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