「優翔?」
隣に居ると思っていたはずの優翔の姿が見えずに月深はきょろきょろとあたりを探す。
だが静かな部屋の中には優翔の気配はなかった。
開けっ放しになっていたクローゼットを見て慌てて立ち上がる。
車のキーが入っていたジャケットのポケットを探るが、やはり見つからなかった。
その代わりにポケットには紙切れが入っていた。
“悪いけど車だけ借りる。いつか必ず返すから・・・それとせっかく用意してくれた金だけど、あれ冗談だから。でも色々とサンキューな。
この借りもいつか必ず返すから、月深が困ったときは飛んでいく。
その時までにお前も自分で慣らして置けよ。じゃあな 優翔“
小さな紙切れに小さな文字でいっぱいに書かれていた。
月深はその紙を胸に抱きしめる。
「行っちまったか・・・」
そのまま窓の向こうをしばらく眺めていたが、ハッとして紙切れを手帳の間に挟み込んだ。
服を着て携帯電話を取り出した。
「もしもし、篠崎?ちょっと車を回してくれないか?いや、別の人で良いから・・・え、わかったじゃあ待ってるから。場所?ああ軽井沢。うん。それじゃあよろしく」
月深は電話を切った。
篠崎は鳥取家に使えている重臣である。
なかでも月深の世話を良く焼いてくれる。兄よりも親しみやすいし、何でも相談しやすい相手だった。
迎えが来る前にシャワーを浴びようと部屋を出て戻ってくると、人の気配がした。
「優翔?」
優翔が戻ったのかとバスローブを羽織っただけの姿でベッドルームへ走り寄った。
そこにはきっちりとダークグレーのスーツを着てた長身の男がベッドの上を見ていた。
「あ・・・・」
思ったよりも大夫早い篠崎の到着に月深は慌てた。
シャワーが終わってから隠すつもりだったベッドの様子を全て見られて慌てた。
「こここれは・・その・・あれだ」
「別に隠されなくても良いですよ。私はあなたの部下ですから、けどあまりいい気は致しませんね」
篠崎はバスローブを纏っただけの月深に近づいてその顎を捕らえた。
「こんなに美しく成長された月深様をどこかの野郎に弄られたとなると、私も黙っているわけにはいきません」
無表情な整った顔にキラリと光る銀縁の眼鏡の奥で細められた瞳が輝く。
「あ、いや・・別にそんなことはないし」
月深はポッと頬を赤らめた。
「それじゃあ優翔ってどなたですか?その方はあなたに何をされましたか?場合によっては・・」
静かで感情が読みにくい口調と表情のまま篠崎は月深の顔をじっと見つめる。
「何って、別に何もしてないって」
「そうですか」
と篠崎はべっとりとシーツに染み込んだシミを手でなぞる。
「これは何です?」
知っているクセに尋ねてくる。
月深は答えられずに逃げだそうとするとその手首を掴まれた。
「何なら私が直接あなたを調教して差し上げますが・・・」
と篠崎はベッドの柱に残された月深が縛られていた紐を目で追った。
いくら隠しても彼にはわかってしまったらしい。
月深はわざと篠崎に抱きついた。
「いいよ・・・俺篠崎だったら・・・」
抱きつかれた篠崎はそんな月深の背中をポンポンと叩いた。
「冗談はそのくらいにして早く服を着てください。ここを引き上げますよ」
その言葉に月深はニヤリと笑った。
今日も篠崎真一郎は鳥取月深に負けたらしい。
<「更待月」月の光1へ続く>
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