とようやく花梨は光長の両手を拘束していた手錠を外してくれた。
結局また花梨に達かされて、すっかり体がぐったりとだるくなっている。
花梨はきれいに光長の体の水分を拭き取ると、最初に手にしていた赤い非襦袢を着せて、奥に敷かれていた布団に光長を横たえた。
「どうやらおとなしくなったみたいですね。そのまま待っていてください。お客様がおいでになるまでひと眠りくらいできるはずです」
そう言って襖を閉め出て行った。
光長の瞳からは涙が流れた。
あまりに無力な自分が悔しかった。雅秀は全てを知っていてここへ光長を連れてきたのだ。
そして見捨てて帰って行った。
これと仕事とどんな関係があるか知らないが、芳生に色々と恥ずかしい写真や映像を握られている以上、抵抗はできない。
光長はそのまま布団に顔を伏せているといつの間にか眠ってしまった。
きれいな赤い牡丹の花が一輪挿しに生けられている。
横たわった頭に人の温もりが感じられて目を開けると雅秀によく似た侍の膝の上だった。
彼は光長の髪を愛しそうに撫でながら優しい瞳で覗き込んでいた。
そして光長の瞳が開くのに気づくと信じられないほど優しいキスをした。
「もうすぐ雪が降りそうだ」
そう言われて飾りのような窓に目を向けると白っぽい空が見えた。
横には豪華な着物が掛けられている。部屋の間取りは光長がいる部屋と同じなのに、置かれている家具類は煌びやかで輝いていた。
そしてふと横を見ると侍との激しい夜を思わせる乱れた布団があった。
光長もその侍に両手を絡めてもっと口づけをねだっている。
まるで恋人同士のように言葉少なく窓を見つめる2人はその時をゆっくりと味わっているように見えた。
「風間さん、風間さん」
それなのに誰かがせわしなく2人を邪魔する声がする。
光長は体を揺すられて、目が覚めた。
(夢・・・前にも同じような夢を見たが、一体なぜ?)
「あまり気持ちよさそうに眠っていたので起こし辛かったですよ。良い夢見てたんですか?顔が微笑んでました。」
起こしに来た花梨にそう言われて少しだけ照れくさくなった。
布団から出て顔を洗いに行く。
「そろそろ支度をお願いします」
花梨は光長が出た布団をきれいに直した。
それから男物の着物を手渡す。
「その上からこれを着てください」
緋襦袢の上に男物の地味な着物とは意外だった。アンバランスな組み合わせだが緋襦袢の襟が男物の着物に合うよう地味な襟を使っていたのでおかしくない。
客が脱がせる楽しみと言ったところだろうか・・・そう考えると少しゾッとした。
すっかり支度が調うとまた花梨は出て行った。
窓の外は日が傾いてあかね色の夕日が部屋を皆あかね色に染めている。
こんなところでこんなことをするとは思わなかった。
なぜ自分は遊女みたいに客をとっているんだろう?
ふと夢の中の侍が頭に浮かぶ。雅秀だったのだろうか?まさかあんなに酷い男に出会いさえしなければこんなことにはならなかったのにとぼんやりと考えていた。
「入ります」
花梨の声がして襖が開いた。
後ろに目の部分に仮面を付けた男が続いて入ってくる。身につけているスーツは英国製の仕立物らしく体にフィットしていていかにも高級そうだ。チラッと覗く時計もカフスボタンも全て一流品ばかりでどこかの偉い人だと言うことはにじみ出ていた。
「ほう、君が光長君か」
男の声はそれほど年配とは思えなかった。多分40代~50代くらいであろうか・・・そうだとすれば花梨が言っていたことはあてはまらない。充分現役の世代だ。
光長は軽く頭を下げながら男を上目遣いで軽く睨んだ。
「その顔が男をそそるのですよ」
芳生から言われた言葉が思い浮かんだが、本能でどうしても従順に受け止めることはできなかった。
「それではこゆっくり」
花梨は早々に部屋を去っていった。
男はどかりと金糸の豪華な座布団に座ると、ポンポンと自分の膝を叩いた。
「ここに頭を乗せなさい」
光長は戸惑いながら言われたとおりに頭を乗せる。
すると男はその髪に指を絡めた。
光長の首筋からゾワゾワと粟立っていくような感覚が生まれる。
ぎゅっと目を閉じて両手をきつく握りしめた。
(やっぱりこんなの耐えられない)
<「弦月」郭部屋にて4へ続く>
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